2009年5月31日日曜日

北極圏の石油と天然ガス、埋蔵量は予想以上と 米調査

(CNN) 北極圏の海底にある石油と天然ガスの埋蔵量が、これまで考えられていた量のほぼ2倍にも達する可能性があるとする調査報告を、米地質調査所(USGS)らの研究チームが米科学誌サイエンスの最新号に発表した。

北極圏に接する国は多く、北極圏の開発にあたっては環境への影響を考慮した、遺漏のない規制などが必要だと指摘している。

USGSと各国研究者の調査によると、北極圏の海底にある石油量は全世界の埋蔵量のうち13%、天然ガスでは30%に相当すると見積もっている。量にすると、石油は400─1600億バレル。これまで考えられていた埋蔵量は900億バレルだった。

米エネルギー省によると、全世界の石油使用量は現在、年間300億バレル。

北極圏の石油開発はまだ本格的には行われていないが、米石油大手エクソンモービルなどがすでに試掘に着手している。

2009年5月24日日曜日

つらい環境ほど、鳴き鳥は歌上手に 米加研究

【5月24日 AFP】過酷な環境や不安定な天候であるほど、一部の鳥では鳴き声が「美しく」なったり、学習能力や優れた伴侶を射止める技が高まるという研究が21日、発表された。

 対象となったのは、ほかの鳥のさえずりを真似ることで知られるモッキンバード(マネシツグミ)。世界各地に住むこの鳥について、米国立進化統合センター(National Evolutionary Synthesis CenterNESCent)、米コーネル大学鳥類学研究室(Cornell University Lab of Ornithology)、カナダ・マクギル大学(McGill University)が共同で、大規模に調査した。

 NESCentの研究者、カルロス・ボテロ(Carlos Botero) 氏は「環境が変動しやすく、予測しにくくなるにつれ、鳥のさえずりの種類も細かく増えてきた。天候パターンの予測が難しくなると、いつ食料にありつける か、どのくらい不足せずに済むかも分からないから、生存と繁殖がいっそう複雑化する。そのため、過酷な天候の中で、メスが秀でてもいないオス鳥を選んでし まうと、メス鳥にとって取り返しのつかないことになる」という。

 ボレロ氏によると、オスのモッキンバードが鳴くのは主にパートナーに自らをアピールするためだが、中でも複雑な鳴き方をオスは「寄生虫をそれほど持っておらず、子どもの生存率も高い」という。

 一般に、鳴き鳥(ソングバード)といわれる鳥たちは、生まれつき鳴くことができるのではなく、成長していく過程でほかの鳥の鳴き方を真似て覚えなければ ならない。ボテロ氏たち研究チームでは、この学習能力があるということは、ほかの学習能力もあるしるしだと考えている。「鳴き方のうまい鳥は、少なくとも 間接的にほかの鳥に向かって、自分は学習能力が高いのだということを示している」(ボテロ氏)

 ボテロ氏は世界中の記録音源を調査し、さらに南半球各地の野生のモッキンバードについて29種類、100羽分の声を採集した。それらの音源をコンピュー ター・プログラムでグラフ化、温度と降水量の記録データのパターンと比較研究した。報告は米科学誌『カレント・バイオロジー(Current Biology)』に掲載された。(c)AFP

スリランカ反政府勢力、LTTEが敗北宣言

【5月17日 AFP】スリランカの反政府勢力「タミル・イーラム解放のトラ(Liberation Tigers of Tamil EelamLTTE)」は17日、ウェブサイト上に声明を発表し、タミル人の独立国家樹立を求めた37年間の戦いの敗北を認めた。

 数十年に及んだ政府に対するLTTEの武装闘争では、交戦や自爆攻撃、爆撃、暗殺などにより7万人を超える死者を出した。

 敗北宣言直前、わずかに残ったLTTEの戦闘員らは、政府軍によってジャングルに追い込まれ、包囲された。

 声明はLTTEの国際関係担当官の名前で、LTTE系ウェブサイト「タミルネット(Tamilnet.com)」に発表され、「われわれの戦いは苦い結末を迎えた。最後に残された選択は、われわれの民族を殺す口実を敵から奪うことだ。そして武器を置くことにした。後悔されるのは失われた命と、さらに抵抗して持ちこたえられなかった点だけだ」と記されている。

 わずか2年前には、LTTEの支配地域は島国であるスリランカ全土の三分の一近くにも及び、独自の裁判所や学校、行政サービスを保持する実質的な自治国家ともいえる状態にあった。

 しかし、マヒンダ・ラジャパクサ(Mahinda Rajapakse)大統領が政権に就くと、政府は大規模な軍事攻撃を開始。LTTEを最初は東部から、さらに北部から追放し、残留したゲリラ部隊を最後は沿岸部に追い込み捕捉した。(c)AFP/Amal Jayasinghe

EUロシア首脳会議、エネルギー問題の溝埋まらず

【5月22日 AFP】ロシア極東のハバロフスク(Khabarovsk)で開かれていた欧州連合(EU)とロシアの首脳会議は22日、EUの旧ソ連圏各国への接近をロシアのドミトリー・メドベージェフ(Dmitry Medvedev)大統領が「対ロシア連合」と非難するなど、エネルギー安全保障問題をめぐる両者の溝は埋まらないまま閉幕した。

 エネルギーやガス供給問題に加え、「東方パートナーシップ(Eastern Partnership)」 でも、EUとロシアの対立が浮き彫りとなった。「東方パートナーシップ」は、27のEU加盟国とアルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、グルジア、モ ルドバ、ウクライナなど旧ソ連圏国家間で、政治および経済的関係を強化を目的としたものだが、ロシアは警戒感を募らせている。

 今回のEUロシア首脳会議は、2008年8月のロシアによるグルジア侵攻や、同年末のウクライナへのガス供給停止問題などでぎくしゃくしていたEU-ロ シア関係の立て直しを目指したもので、ロシア側は、メドベージェフ大統領が提出したソ連崩壊後の東西ヨーロッパのエネルギー協力を定めた1991年の「エ ネルギー憲章(Energy Charter Treaty)」にとって代わる新協定の草案に対する好意的な反応を期待していた。だが、EU首脳は草案に関心はあるとしながらも、既存憲章を破棄する理由は見あたらないと退けた。
 
 これに対し、メドベージェフ大統領は、現行のエネルギー協力に加わる意志はないと反論した。ロシアはこれまで1度も「エネルギー憲章」に署名していない。

 前年末から今年初頭に起きた、ロシアとウクライナ間のガス供給停止問題で、ロシアからガス供給を受けていたEU加盟国の中には、2週間もガス供給が滞る状況が続いたことから、EU側にはロシアへのエネルギー依存を見直す動きも出ている。

 ウクライナとのガス問題について、メドベージェフ大統領は、問題の発端はウクライナ側の債務未払いにあると主張。ウクライナのガス料金支払い能力に疑問 を呈したうえで、ウクライナのガス貯蔵施設へのガス充填費用、40億ユーロ(約5300億円)をEUとロシアの双方で負担することを提案した。しかし、内 訳はEUの出資額が多い内容となっている。(c)AFP/Stuart Williams

イラン、新型ミサイルを試射 アフマディネジャド大統領が発表

【5月20日 AFP】イランのマフムード・アフマディネジャド(Mahmoud Ahmadinejad)大統領は20日、イラン北部セムナン(Semnan)州で演説し、軍が新型の中距離地対地ミサイル「セジル2(Sejil-2)」の発射実験に成功したと発表した。

 大統領は、「本日、国防相から、セジル2が目標の地点まで到達したとの連絡があった」と演説。ミサイルは2段階式で、複合固形燃料を使用していることを明らかにしたが、具体的な射程距離については言及しなかった。

 米国のロバート・ゲーツ(Robert Gates)国防長官も同日、発射試験は成功したとの見方を示した。射程距離は、2000-2500キロと見られるという。 また、イタリア政府は、アフマディネジャド大統領の演説を受け、近日中に予定されていたフランコ・フラティーニ(Franco Frattini)外相のイラン訪問を取りやめると発表した。
 
  一方、イスラエル政府高官は、イランがすでに射程1500キロのミサイル発射実験を行っていることから、自国には戦略的な影響はないとしながらも、欧州諸国は今回の実験成功に警戒を強めていくべきだと見解を示した。(c)AFP/Jay Deshmukh

2009年5月2日土曜日

仮面の裏側が見える人・見えない人:「ホロウマスク錯視」研究


Image credit: Flickr/atöm

お面の裏側に存在する凹んだ顔を、普通の凸面の顔として知覚する、「ホロウマスク錯視」と呼ばれる錯視がある[Hollow face錯視、凹面顔錯視とも呼ばれる]。

下の動画でこの錯視を経験することができるが、それが目の錯覚だと分かっていても、凹面の顔を凹面と見ることができず、脳が凹面を凸面ととらえてしまう。

この錯視は、人間の脳が視覚世界を解釈する際の戦略によって起こる。それは、実際に目に見えるもの(ボトムアップ処理と呼ばれる情報処理法)と、過去の経験に基づいて見えると予想されるもの(トップダウン処理)を組み合わせて判断するという戦略だ。

「トップダウン処理では、ストック写真のモデルのように記憶が蓄積されている」。『NeuroImage』誌に掲載された今回紹介する論文の執筆者の1人で、ドイツのハノーバー医科大学に所属するDanai Dima氏は説明する。「脳内のモデルでは、すべて顔が凸面になっているため、どんな顔を見ても、当然凸面のはずだと考えてしまう」

この予想の影響力が強いせいで、顔が反転していることを示す視覚的な手がかり、たとえば影や奥行きといった情報は無視されてしまうのだ。

この錯視は、顔を使った場合にはよく成功するが、他の物体ではそうでもなく、顔を逆さにしただけでも効果が下がる。これはおそらく、人間が顔に対し て持っている特別な関係性によるものと考えられる。神経科学者の多くは、人間の脳には顔を専門に処理する領域があると考えており、そのため、脳の損傷の仕 方によっては、視覚や他の記憶には何の影響もないのに、顔の認識だけができないということも起こり得るという。

興味深いことに、統合失調症の患者はこの錯視を起こさない。彼らは凹んだ顔を凹んだ顔として知覚する。米国では1000人中7人ほどが患っている統合失調症は、 幻覚や妄想、計画能力の低下などを特徴とする疾患だ。このような現実からの解離は、ボトムアップ処理とトップダウン処理のバランスが取れていないことが原 因ではないかと、一部の心理学者は考えている。この仮説をテストするべく、ホロウマスク錯視を使った研究が行なわれた。

Dima氏と、ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(UCL)のJonathan Roiser氏は、統合失調症患者がなぜこの錯視にだまされないのか突き止めようと考えた。そこで、統合失調症患者13人と、比較対照群として健常者16 人を被験者に、fMRI(脳スキャン)を使って脳の活動を測定し、凹面と凸面の顔の三次元画像を見せた。結果は予想通りで、統合失調症患者は凹面の顔を凹 面と知覚したのに対し、健常者は誰も知覚できなかった。

Dima氏とRoiser氏は、動的因果性モデリング(DCM) という比較的新しい技術を用いてfMRIのデータを分析した。この技術によって、被験者がタスクを実行中に、脳の領域間での結びつきに違いがあったことが 突き止められた。健常者が凹面の顔を見ているときには、トップダウン処理に関与する前頭頭頂ネットワークと、目から情報を受け取る脳の視覚野との間で結び つきが強くなった。一方、統合失調症患者にはそのような結びつきの強化はみられなかった。

錯視において健常者の脳は、この結びつきを強めることで自らの予想する視覚(通常の凸面の顔)が優勢になるように処理し、それによって、実際には見 えているが自らの想定には存在しない視覚情報を圧倒するのだと、Dima氏は考えている。一方、統合失調症患者の場合は、このような脳の経路をうまく調整 できず、その結果、凹面の顔を現実として受け入れている可能性があるという。

凹面の顔が凹面として見えるのは、統合失調症患者だけではない。酒に酔っている人や、ドラッグでハイになっている人も、この錯視には引っかからない。この場合もやはり、脳が見ているものと、見えると予想されるものとがうまく結びつかない状態が、アルコールやドラッグによって引き起こされている可能性がある。

脳の形成に貧困やストレスが影響、記憶力を阻害


Flickr/ActionPixs (Maruko)

貧困のなかで育つということは、単につらい子ども時代を過ごすということだけにはとどまらない。脳にも悪い影響を与える可能性がある。

低所得層および中所得層の学生における認知力の発達を扱った長期の研究で、子ども時代の貧困と生理的ストレス、そして成人になってからの記憶力との間に強い結びつきがあるという結果が発表された。

3月30日(米国時間)にオンライン版『米国科学アカデミー紀要』(PNAS)に発表されたこの論文は、「慢性的に蓄積された生理的ストレスという視点に立つと、貧困がいかに脳に影響し学力を妨げる結果を招くかを解明する、説得力のあるモデルが生まれる」と論ずる。執筆者は、コーネル大学で児童の発達についての研究に携わるGary Evans氏とMichelle Schamberg氏だ。

貧富の差による学力格差に 関しては、社会学的研究と認知科学的研究が行なわれている。Evans氏とSchamberg氏の研究は、この2つの間を隔てる欠けたパズルのピースをは め込んだ感があり、その意味するところは不安をかき立てるものだ。学力格差に関する社会学的説明[貧しい階層の子どもは、環境が学ぶことに適していない状 況にあるため、学力が劣るとするもの]は間違ってはいないだろうが、不完全である可能性がある。生物学的障害も存在するかもしれないのだ。

「収入と学力に格差を引き起こす原因として考えられるのは、低所得層の成人におけるワーキングメモリ障害だ。これは、幼少時のストレスで脳に受けた損傷によって引き起こされたものだ」と両氏は論ずる。

いわゆるワーキングメモリは、読解力、語学力、問題解決力を計る確かな指針と考えられており、これらの能力は成人になってから成功を収めるために欠くことのできないものとされている。[ワーキングメモリは、情報を一時的に保ちながら操作するための構造や過程に関する理論的な枠組。作業記憶、作動記憶とも呼ぶ]

Evans氏とSchamberg氏は自らの仮説を検証するため、[2007年に発表した]研究結果を改めて分析した。この研究は、男女半々の低所得層および中所得層の白人学生195名を対象に、ストレスを長期にわたって調べたもの。学生たちが9歳と13歳だった時点で行なった血圧とストレスホルモンの測定では、貧困とストレスの直接的な相関が示された。

学生たちが17歳になったとき、記憶力のテストが行なわれた。貧困のなかで育った学生に一連のアイテムを覚えさせたところ、思い出せたのは平均8.5品だった。子ども時代に経済的ゆとりのある暮らしをしていた学生の平均は9.44品だ。[ワーキングメモリは、一般に容量が制限されていると考えられている。短期記憶に関する容量限界の定量化としては、記憶すべき要素が何であれ(数字、文字、単語、その他)、若者が記憶できる量は「チャンク」と呼ばれる塊りで約7個という説がある]

Evans氏とSchamberg氏が、誕生時の体重、母親の教育程度、両親の婚姻状況、養育方針という要素によって結果を分析し直しても、結果は変わらなかった。若年時代のストレスレベルを計算上で均一化して分析し直すと、差はなくなった。

実験動物の場合、ストレスホルモンと高血圧は、細胞の結びつきの減少や、前頭前皮質と海馬の縮小を引き起こす。ワーキングメモリは脳のこの2領域を中心とするものだ。

[過剰なストレスによりコルチゾールが多量に分泌された場合、脳の海馬を萎縮させることが、近年PTSD患者の脳のMRIなどで観察されている。海馬は記憶形態に深く関わり、これらの患者の生化学的後遺症のひとつとされている]

Evans氏とSchamberg氏は人間の調査対象者の脳を精査したわけではないが、実験結果は基本的に、同じメカニズムが子どもたちのうちで働いていることを示している。

「動物の場合、脳の構造はストレスによって変化し、個体が若い時期に受けるストレスに影響される。われわれヒトという種に関しては、まだ研究が始まったばかりだ。Evans氏の論文は、この方向性を示す重要な一歩となる」と、ロックフェラー大学で神経内分泌学を研究するBruce McEwen氏は説明する。

McEwen氏はまた、少なくとも動物の場合には、ストレスの影響で両親から子どもに受け渡される遺伝子に変化が生じることも指摘した。貧困の影響は遺伝する可能性があるのだ。

この研究結果は注目に値するものではあるが、まだ追試もなされていないし、なお精度を高める必要性もある。「実際のところ、原因となる事象のどれが ストレスを生むのかもはっきりさせていない」と述べるのは、ペンシルベニア大学の精神生物学者、Kim Noble氏だ。同氏は子どもの貧困と知力の間の関連性を研究している。貧困との精神的因果関係はまだほかにも測定しなければならないものがある。

「異なる認知結果には異なる原因があると思う。ワーキングメモリのようなものはストレスとの関連が強いかもしれないが、語学力は子どもたちが読むことに費やした時間に関係する可能性がある」と、Noble氏は語った。

「物理法則を自力で発見」した人工知能


Image credit: Science、サイトトップの画像はフーコーの振り子。Wikimedia Commonsより

物理学者が何百年もかけて出した答えに、コンピューター・プログラムがたった1日でたどり着いた。揺れる振り子の動きから、運動の法則を導き出したのだ。

コーネル大学の研究チームが開発したこのプログラムは、物理学や幾何学の知識を一切使わずに、自然法則を導き出すことに成功した。

この研究は、膨大な量のデータを扱う科学界にブレークスルーをもたらすものとして期待が寄せられている。

科学は今や、ペタバイト級[1ペタバイトは100万ギガバイト]のデータを扱う時代を迎えている。あまりに膨大で複雑なため、人間の頭脳では解析で きないデータセットについて、コンピューターを使ってそこから規則性を見出す試みが行なわれている(『ワイアード』誌の2008年7月の記事『The End of Science』がこの話題を取り上げている)。

生データから規則性を見出すことは、長年、機械の知能ではなく人間の直感がつかさどる領域と考えられてきた。しかし今後は、人間の頭脳では分析しき れない複雑なデータセットの解読に、人間の科学者とコンピューター・プログラムが肩を並べて取り組む時代がやってくるかもしれない。

今回のプログラムは、コーネル大学准教授(機械および航空宇宙工学)のHod Lipson氏と、同大学院生でコンピューターを利用した生命工学を研究するMichael Schmidt氏が開発したもの。『Science』誌の4月3日号に発表された両氏の研究成果は、人工知能を使って数学の定理や科学の法則を見つけ出すというこれまで実現してこなかった試みにブレークスルーをもたらす可能性がある。[Science4月3日号には、仮説をたて、実験で検証する人工知能『Adam』についても掲載されている]

Lipson氏とSchmidt氏が開発したプログラムは、与えられたデータセット内の互いに関連しあった要素を特定し、その関係性を記述した等式を生成するというものだ。プログラムに与えるデータセットには、バネにつながれた振動子や単振り子、二重振り子といった単純な力学系の運動を記述したものを用いた。いずれも、学生に物理の法則を教える際によく用いられる力学系だ。

データセットを与えられたプログラムは、まず基本的な演算処理――足し算、引き算、掛け算、割り算と、いくつかの代数演算子――をほぼランダムに組み合わせることから開始した。

最初のうち、プログラムが生成する等式はデータをうまく説明できていなかったが、一部の等式は他に比べてわずかに誤りが少なかった。プログラムは遺伝的アルゴリズムを使い、最も誤りの少ない等式を修正し、それらを再びテストして、中でも優れたものを選び出し、再び同じプロセスを繰り返して、最終的にその力学系を記述する一連の等式を導き出した。その結果、いくつかの等式は非常に見覚えのあるものになった――運動量保存の法則と、ニュートンによる運動の第2法則を表わしたものだ。

「これは有力な手法だ。あらゆる種類の力学系に応用できる可能性がある」と、ミシガン大学のコンピューター科学者Martha Pollack氏は言う。応用可能な分野としてPollack氏は、環境系、気候パターン、集団遺伝学、宇宙論、海洋学などを挙げた。「自然科学のほとんどすべての分野に、この手法を活用できる構造が存在する」

研究チームは、すでにこのプログラムを人間の生理学的状態や代謝産物量の記録に応用している。代謝産物(メタボライト)は、生体の重要機能に関与する細胞内の小分子の総称だが、分子ごとの同定はまだほとんど進んでおらず、その意味で、法則が見出されていないデータの好例といえる。

「法則とは、システムの規則性をとらえた数式のことだ」とPollack氏は話す。「しかし科学者は、それらの規則性に解釈を与えなければならな い」。たとえば、なぜ動物の個体数は降水量の変化に影響を受けるのか、個体数を守るにはどうすればいいのかといったことを説明する必要があるというのだ。

認知科学者のMichael Atherton氏は、人工知能がすぐにも人間の芸術的知見や科学的知見に取って代わることはないとの見通しを先ごろ表明した人物だが、同氏はコーネル大のプログラムについて次のような感想を述べた。

「素晴らしいツールになるかもしれない。直感では得られないような観点を見出すのに役立つという意味で、視覚化ソフトウェアに通じるものがある」

ただし、「創造性や専門知識、重要性の認識などは、依然として人間の判断にゆだねられている。複雑な座標系をいかに体系化するかという、最大の問題が残されていることに変わりはない」とAtherton氏は語った。

脳の「共感スイッチ」:情報の氾濫は共感能力を阻害する?

人間はもともと利己的だという見方もあるが、最新の研究によって、共感は恐怖や怒りと同じように脳の深いところに根ざしているらしいことがわかった。

4月13日付け『米国科学アカデミー紀要』(PNAS)に掲載された、南カリフォルニア大学の神経科学者Antonio Damasio氏などによる研究では、13人の被験者に対して、マルチメディアによるドキュメンタリー形式で、共感をかき立てるように意図された物語を提示し、被験者の脳の活動を記録した。

この結果、共感や賞賛といった感情は、大脳皮質よりさらに深い部分の、視床下部や脳幹に根ざしていることがわかったという。こういった領域は、生物としての活動自体を統御する根本的な部分だ。

「少なくとも、社会的な感情は、皮層的な領域ではなくもっと内側に根ざしているということが言えるだろう」とDamasio氏は語る。「共感や賞賛 といった感情は文化的なものだという印象があるが、これらは脳の領域としては、恐怖などの生物進化的に古い感情と、そう遠くない部分に根ざしている」

一方、この研究は、現在のメディアのあり方についての興味深い議論も引き起こした。研究者によれば、共感を呼び覚ます脳のシステムが作動し始めるま でには平均で6〜8秒かかるのだという。研究者がこの事実をメディア利用の習慣と結びつけているわけではないが、この研究の報道は、『Facebook』 世代がやがて社会的に好ましくない行動をとるようになるのではないかという憶測をあおっている。

たとえば、「Twitterで道徳に鈍感に? 速射砲的なメディアが倫理的な指針を狂わせる可能性」と題された記事は、この研究が、「テレビやオンライン・フィード、『Twitter』のようなソーシャル・ネットワークなどから急速に流れ込む断片的な情報にどっぷりと依存することによる感情的な代償、とくに発達途上の脳にたいする影響」について、問題を提起していると論ずる。

メディアの中でもいろいろな種類があるが、映像によるニュース報道については、同情という感情が神経生物学的に短絡的になってしまうという可能性が あるかもしれない。たとえば、エピソードが連続的に語られていくときは、場面が次々に切り替わる形で語られる場合よりも共感の度合いがはるかに高くなる、 という既存の研究がある。1996年に『Empirical Studies of the Arts』誌に掲載された論文では、研究者たちが120人の被験者に、涙を誘うと思われる物語を3つのバージョンで示した。「被験者が、敵方の男に対するよりも、虐げられた女主人公にはるかに好意的な共感を示したのは、物語が連続的に構成されていた場合だけだった」とこの論文は結論づけている。

また、『Journal of Broadcasting & Electronic Media』誌に掲載された、タブロイド[扇情的な大衆紙]的ニュース形式についての考察に よれば、矢継ぎ早で刺激的な、視覚的な語り口は、生理的な刺激を与え、見たことを記憶させる度合いを強めるが、これは本来の題材が面白くないものであった 場合に限られるという。すでに興味を引かれている題材の場合、タブロイド風の語り口は認知的に過負荷となり、深く心に刻み込まれるのを妨げてしまうという のだ。

タブロイド風の語り口が増えているかどうかははっきりしないが、事例証拠的には、放送メディアにおいてはそういう事態が起こっていると言えそうだ。フリーランスのビデオ・プロデューサーJill Bauerle氏は次のように語っている。

「素早いカット割りは、コンテンツが面白くない場合でも視聴者の目を引き、彼らの意識を引きつけたままにしておける。連続性を無視したMTV風のカット(ジャンプカット)は、多くのエディターが普通に使うようになっているが、画面にいつも目を向けさせる役目を果たす」

テレビニュースのアーカイブに取り組んでいるサイト『Vanderbilt Television News Archive』 でディレクターを務めるJohn Lynch氏は、「今われわれが感じているのは、各シーンがどんどん短くなっていることだ」と語る。例えば今年1月にハドソン川に墜落した航空機の報道に ついてLynch氏は、プロデューサーたちが「レポーターの話や、何人ものニューヨーカーの目撃者たちのあいまに航空機の映像を少しずつ散らばらせては、 また別の地点からの航空機のショットに戻していく」ことに着目している。「20年前に同じような事件が起きたとしたら、ずっと(航空機の)映像を追い続け たはずだ」

同情の念が、持続した注意を向けることでのみ引き起こされるとするなら、速いカット割りの編集ではこれが妨げられる可能性がある。そうなれば、他者 の物語によって心底から感情が動かされる能力が退化するおそれがある。さらには子どもの適切な発達を損なうかもしれず、そうなれば形成過程にある子どもの 脳には、生涯にわたる影響が残るだろう。研究をもっと進める必要があるのは明らかだが、この仮説には説得力があるように思える。

「物事があまりに速く起こると、人は他の人の心理的な状態についての感情を十分に体験しなくなる可能性があり、このことは倫理に影響する可能性があ る」と、元々の論文の共著者であるMary Helen Immordino-Yang氏(南カリフォルニア大学)は語っている。

他者と自己の区別をしない神経細胞:ミラーニューロン

Image credit: stuartpilbrow/Flickr

ミラーニューロン」は、他者の行動やその意図を理解する手助けになると考えられている神経細胞だ。たとえば自分自身がワインの瓶を手に取る時と、他人が同じ行動を取るのを見ている時、どちらの場合にも、ミラーニューロンは活動電位を発生させる。

われわれは通常、なぜ友人がワインのボトルを手に取っているのか、1つ1つ順を追って理由を推測したりせず、相手の頭の中で何が起こっているのかを瞬時に理解する。なぜなら、同じことが自分の頭の中でも起こっているからだ。これを可能にするのがミラーニューロンだ。

[ミラーニューロンは、 対象物を掴んだり操作したりする行動に特化した神経細胞を研究するために、マカクザルの下前頭皮質に電極を設置した1996年の実験中に発見された。ヒト である実験者がエサを拾い上げたのをマカクザルが見た時に、マカクザル自身がエサを取る時と同様の活動を示すニューロンを発見。その後の実験によって、サ ルの下前頭皮質と下頭頂皮質の約10%のニューロンが、この'鏡'の能力を持ち、「自身の手の動き」と「観察した動き」の両方で同様の反応を示すことが分 かった。ヒトにおいては、前運動野と下頭頂葉において、ミラーニューロンと一致した脳活動が観測されている]

このほど、ミラーニューロンについて新たな発見が報告された。それによると、一部のミラーニューロンでは、他者の行動を見た時に発火する[活動電位 を発生させる]だけでなく、行動を取っている他者と自分の間にどれだけ距離があるか、さらには、その行動に何らかの反応を返せる状態にあるかどうかといっ たことも発火に影響するのだという。

「これには非常に驚いた」と独テュービンゲン大学のAntonino Casile氏は話す。同氏が執筆に参加した今回の研究論文は、『Science』誌4月17日号に掲載された。

「ミラーニューロンは、行動の理解に大きな役割を果たしている可能性があると考えられている。しかし、その行動がどのくらい離れた場所で行なわれているかは、他者の行動を理解する上では無関係だと考えられてきた」

今回の発見は、ミラーニューロンが社会的交流においてより大きな役割を果たしていることを示唆している。相手の行動を迅速に理解するだけでなく、相 手の行動に反応し、自分も行動するべきかどうか瞬時に判断する上でも役立っている可能性があるのだ(たとえば友人がワインの瓶を落としたら、われわれは瓶 が床に落ちる前にさっと受け止めることができる)。

研究チームは、2匹のアカゲザルを使って脳のミラーニューロンを調べた。このニューロンは、サルたちが自分で小さな金属の物体をつかんだ時と、実験 者が同じことをするのを見た時に発火した。ところが意外なことに、これらのニューロンの多くは、実験者が物体をつかむ場所によって反応が異なることが分 かった。

約4分の1のニューロンは、サル自身の手の届く範囲(身体近傍空間peripersonal spaceと呼ばれる)で行動が取られた場合に、より速く発火した。これに対して別の4分の1は、手の届かない範囲(身体外空間 extrapersonal space)で行動が取られた場合に、より活発になった。距離をいろいろ変えて実験したところ、行動が取られた距離がサルに近いほど、身体近傍空間に反応 するミラーニューロンは素早く発火し、身体外空間に反応するミラーニューロンはその逆の反応を示した。

他者の行動の理解や模倣、その他ミラーニューロンが通常持っているとされる機能に対し、距離は何の影響も及ぼさないと考えられてきた。しかし、他者の行動にどう反応するかを判断する上で、距離は非常に重要な役割を果たしているようなのだ。

「われわれの脳は、空間を少なくとも2つの大きな領域に区分している。1つは自分が何かできる、行動を取れる領域、もう1つは行動が及ばない領域 だ」と、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で人間のミラーニューロン・システムを研究するMarco Iacoboni氏は説明する。「われわれの認知は、共感などのかなり高度なものでさえ、身体感覚と無縁ではないようだ」

研究チームはさらに、これらミラーニューロンに距離だけが影響を及ぼしているのではなく、実際に行動を取る可能性があるかないかも影響していること を示した。サルと実験者との間に透明の仕切りを置き、サルが行動を返せる可能性を除外した上で、実験者が物体を手に取る実験を繰り返したのだ(この場合、 サルは実験中一度も同じ物体を手に取ろうとはしなかった)。この仕切りがある場合には、サルのすぐ近くで実験者が物体を手に取ったときでさえ、身体近傍空 間に反応するミラーニューロンは活動しなかった。一方で、身体外空間に反応するミラーニューロンは反応して活動し始めた。

研究チームのCasile氏は、これらのミラーニューロンは、他者の行動を理解するためだけでなく、自分が彼らの行動に対してどう反応すべきかを判断するためにも行動を分析しており、しかも2つの分析を同時に行なっているのではないかと推察している。

「他者の行動に反応すべきか、するならどのように反応すべきかという判断を、行動を理解した後に行なっているのではなく、両方を同時に行なっているのかもしれない」とCasile氏は語る。

「ミラーニューロンは、社会的関係に非常に重要である可能性があり、特に、今回の発見はそのことを明確にしている」とIacoboni氏は説明する。「ミラーニューロンはある行動を、他者と協力するという点において重要なやり方でエンコードしている可能性がある」

未解読のインダス文字を、人工知能で解析


J.M. Kenoyer/Harappa.com

多くの考古学者の挑戦を退けてきた古代文字が、人工知能にその秘密の一部を見破られた。

4000年前のインダス文明で使われていた記号をコンピューターで分析したところ、これらの記号が話し言葉を表している可能性があることがわかったのだ。

「含まれている文法構造は、多くの言語で見られるものと共通しているようだ」と、ワシントン大学のコンピューター科学者、Rajesh Rao博士は語っている。

インダス文字は、紀元前2600年から紀元前1900年に今のパキスタン東部からインド北部にかけて使われていた文字で、エジプト文明やメソポタミ ア文明と同じくらい洗練された文明に属していた。しかし、残されている文字は他の文明と比べて非常に少ない。考古学者がこれまでに見つけ出したのはおよそ 1500種類で、陶器や平板や印章のかけらに彫られていたものだ。最も長いものでもわずか27文字しかない。[インダス文字は、テキストが印章のような短文がほとんどであることと、ロゼッタ・ストーンのような2言語以上の併記がないことから、解読が難航している]

1877年、英国の考古学者だったAlexander Cunningham博士は、インダス文字が中央アジアから東南アジアにかけて使われている現代のブラーフミー系文字の祖先だとする仮説を立てた。しかし、この説に賛同する研究者は他にいなかった。その後、多くの人々が先を争ってインダス文字の解読に挑んだが、結局は失敗に終わり、その状況が現在まで続いている。

2004年には、言語学者のSteve Farmer博士が、現存するインダス文字は政治的、宗教的な象徴を表すものにすぎないと主張する論文を発表した。この考え方には賛否両論がわき起こったが、まったく支持されていないわけではない

一方、今回の研究を行なったRao博士は機械学習が 専門だが、高校時代にインダス文字について書かれた文献を読んだことがあり、インドでのサバティカル(長期休暇)中に、自分の専門知識をインダス文字の研 究に生かしてみようと考えた。そして、文字自体の解読とまではいかなくても、文字なのか象徴なのかという論争に終止符を打つ可能性がある研究成果を 『Science』に発表した。

「機械学習の主要なテーマの1つは、限られた量のデータからどのようにして規則を一般化するのかということだ。たとえデータを読み取れなかったとしても、そのパターンを見つけ出して、そこにある文法構造を知ることはできる」とRao博士は言う。

Rao博士の研究チームは、マルコフ・モデルと呼ばれる手法で計算を実行するパターン分析ソフトウェアを使用した。これは、システム・ダイナミクスにおいて使用される演算ツールだ。

Rao博士らはこのプログラムに、まず4種類の話し言葉(古代シュメール語、サンスクリット語、古代タミル語、および現代英語)のサンプルを入力し た。次に4種類の、話し言葉ではない伝達システム(人間のDNA、フォートラン、バクテリアのタンパク質配列、および人工言語)のサンプルを入力した。

プログラムは、各言語に存在する規則性のレベルを計算した。話し言葉ではない言語は、高い規則性を持つもの(その記号と構造に一定の法則性がある)か、まったく秩序がないものかのどちらかだった。一方、話し言葉はその中間だった。

次に、インダス文字のサンプルをこのプログラムに入力したところ、記号配列のパターンに基づいた文法的規則が検出された。これらは、話し言葉と同程度の適度な規則性だという。

インダス文字の権威であるヘルシンキ大学のAsko Parpola氏は、この研究を有益だと述べたが、文字の意味的理解をこれまでより進めるものではないと述べた。サンプルが少なすぎて、仮説を検証することができないという障害は変わらないという。

[インダス文字の解読については、1960年代のソ連の研究者ユーリ・クノロゾフらがコンピューターを用って解析。修飾語や名詞、形容詞などのある程度の文法的特徴を明らかにしたとされている。Parpola氏による文字の意味解読などを紹介しているサイトはこちら]

1976年の豚インフル:集団予防接種で副作用による死者多発

1976年2月、ニュージャージー州フォート・ディクスで、豚インフルエンザ患者が出現した。19歳のDavid Lewis二等兵が、訓練教官に対して疲労と体調不良を訴えたときのことだ。訓練を休むほど重症ではなかったが、Lewis二等兵はそれから24時間以内 に死亡した。

解剖の結果、Lewis二等兵の死因は豚インフルエンザと判明した。豚インフルエンザとは、豚に由来するインフルエンザ・ウイルスのことだ。

その頃には、数人の兵士が発症し、入院していた。同じ基地で、無症状ながら感染している兵士が500人以上いると分かり、医師たちは危機感を募らせた。

これは1918年のスペイン風邪を想起させる出来事だった。同年、第一次世界大戦の前線から、インフルエンザに感染した兵士たちが帰還し、たちまち世界中に感染が拡大。これにより、少なくとも2000万人が死亡したのだ。

[スペイン風邪の 感染者は、世界全体では6億人(当時の全人口の約3割)、死者4000〜5000万人という数字もある。発生源は1918年3月米国シカゴ付近で、米軍の ヨーロッパ進軍とともに大西洋を渡り、5月-6月にヨーロッパで流行。情報がスペイン発であったためスペイン風邪と呼ばれた。のちにアラスカの凍土から発 掘された遺体から採取されたウイルスの分析(日本語版記事)で、H1N1亜型であったことと、鳥インフルエンザウイルスに由来するものであった可能性が高いことがわかっている]

米国の保健当局は新たな流行を恐れ、国中の老若男女を対象にした予防接種プログラムの承認を、当時のフォード大統領に求めた。フォード大統領は1億3500万ドル(現在の価値では5億ドルに相当)という巨額を投じ、実行に移すことを決めた。

1976年10月、集団予防接種が開始された。ところが数週間もたたないうちに、注射の直後にギラン・バレー症候群を発症した人の報告が入り始めた。ギラン・バレー症候群とは、麻痺を伴う神経疾患だ。2カ月足らずで500人が発症し、30人以上が死亡した。

[ギラン・バレー症候群は 一般に、カンピロバクター、マイコプラズマなどのウイルスや細菌の先行感染に引き続いて発症する。感染源に対する抗体が、誤って自己の末梢神経も攻撃して しまうという自己免疫応答によって発症すると考えられている。主に筋肉を動かす運動神経が障害され、四肢に力が入らなくなるが、重症の場合、中枢神経障害 性の呼吸不全が生じる]

騒動は拡大し、危険を冒してまで予防接種を受けたくないという人が増え、12月16日、当局は突然プログラムを中止した。

結局、4000万の米国人が予防接種を受け、豚インフルエンザは流行しなかった。より精密な調査を実施した結果、1918年のインフルエンザ・ウイ ルスよりはるかに致死性の低いウイルスだということが分かった。豚インフルエンザそのものによる死者は、確認されている限り、不運なLewis二等兵のみ だった。

このプログラムに対する評価は賛否両論だ。フォード大統領の決断は同年の大統領選挙を意識したもので、さらに、製薬会社の言いなりになったという批 判もある(フォード大統領は選挙に敗れたため、前者については効果がなかったようだ)。一方、官僚主義の保健当局がこれだけ効率的に動いたことに対しては 称賛の声もある。

新型インフルは「ヒト・鳥混合型ではない」+発生源をめぐる論争


マスクをするメキシコの警官。Image: Flickr/sarihuella

世界規模のパンデミック(感 染爆発)になるかもしれないという懸念が持たれている、H1N1型インフルエンザ・ウイルス。これまでの報道では、このウイルスについて、豚・ヒト・鳥型 のインフルエンザ・ウイルスの混合種と見られると説明されてきたが、同ウイルスを分析した研究者が4月28日(米国時間)にワイアード・コムに語ったとこ ろによると、このウイルスは一般的な豚インフルエンザ2種の混合種である模様だ。

エジンバラ大学のウイルス遺伝学者Andrew Rambaut氏は、豚インフルエンザに感染したカリフォルニア州の児童から採取したウイルスサンプルの遺伝子配列を解析した。

これらのサンプルは米疾病管理センター(CDC)が収集したもので、インフルエンザ遺伝子のデータベースを無料公開している国際的非営利組織GISAIDを通じて、研究者らに提供された。[GISAIDは、 鳥インフルエンザが猛威をふるった2006年8月に、情報が制限されている状態に危機感を持った医療分野の研究者たちによって設立された、情報共有のため の国際団体。鳥インフルエンザの国際データベースは他に米国のロスアラモス国立研究所があるが、無制限に情報を公開しているわけではないという]

Rambaut氏と同様の結論を出している研究者は、ほかに、ペンシルバニア大学のウイルス進化研究者Eddie Holmes氏や、メリーランド大学の生物情報学者Steven Salzberg氏がいる。CDCのコメントは得られなかったが、ワイアード・コムが入手した、CDCから研究者宛に出された文書は、彼らの分析を認める内容だった。

研究者たちは、カリフォルニアのサンプルはメキシコのウイルスと同じ系統であると考えている。ただし、メキシコのウイルスサンプルはまだ遺伝子配列が解析されていないので、カリフォルニアのサンプルとの類似性については確定しているわけではない。

豚インフルエンザ感染の最初の事例は、メキシコのベラクルス州ラグロリア(La Gloria)で発生したとされている。[ラグロリアは人口3000人の村。現時点でメキシコで把握されている最初の感染が出た(4月初頭)とされるが、 2月の段階ですでに、体調の不良を訴える住民が続出していたという情報もある]

ラグロリアには、米国の大手食肉加工業者Smithfield Foods社の子会社である、メキシコのGranjas Carroll社が運営する大規模な養豚場がある。この養豚場は、管理が不衛生だとして以前から悪評が高かった[リンク先の記事は、同養豚場の衛生状態が悪いことを伝える写真レポート]。

ベラクルス州の住民や複数のジャーナリストは、ウイルスがこの養豚場の豚において進化し、その後、ウイルスを含む廃棄物によって汚染された水や昆虫などを介して人間に感染したと主張している

非衛生的な大規模養豚場は、以前から、新型インフルエンザが繁殖する格好の環境になる危険性があると警告されていた。例えばPew Commission on Industrial Farm Animal Production(畜産農場に関するPEW委員会)が昨年発表した報告書など、多数の研究者らが警告を行なってきた。

[豚は、豚だけでなく鳥類やヒトのインフルエンザウイルスにも感受性を有することから、異なる株(例えば、アヒルとヒト)のインフルエンザウイルスに同時に感染する可能性がある。同時に異なる株が感染した場合には、両者の遺伝子の混合により新たなウイルスが生み出される可能性がある]

一方Smithfield Foods社は、25日に発表したプレスリリースのなかで、「当社が飼育している豚、およびメキシコにおける合弁企業の従業員に、豚インフルエンザの感染を示す臨床的症状や兆候は見られていない」と述べている。

Smithfield社はより詳しいコメントを避けたが、同社最高経営責任者(CEO)のLarry Pope氏は『USA Today』紙に対し、「『豚インフルエンザ』という名称は間違った呼び方だ」と述べている。[メキシコ政府も、同養豚場と感染の関連を強く否定しているが、週明けのSmithfield社の株価は12%急落したと報道されている]

今回カリフォルニア州のサンプルの解析を行なったRambaut氏やSalzberg氏らは、新しいH1N1型の発生源がどこかについてはわからないと述べた。しかし、発生源は豚だと考えられている。

「2頭の豚が感染したかもしれないし、あるいは、1頭の豚が同時に2つの病気に感染したかもしれない。とにかく、2つのインフルエンザウイルスが混ざり、新しいウイルスが生じたと考えられる」とSalzberg氏は述べる。

カリフォルニア州のサンプルの中に遺伝子が特定された2タイプのウイルスとは、「北米の豚インフルエンザ」および「ユーラシア大陸の豚インフルエン ザ」だ。北米のインフルエンザは1930年代に、ユーラシア大陸のインフルエンザは1979年にそれぞれ明らかになった。ユーラシア大陸のウイルスは一般 に、北米ではなく欧州やアジア地域で見られるものだ。

どちらのインフルエンザウイルスも、人から人へ感染するものだとはされてこなかった。ユーラシア大陸のインフルエンザウイルスに由来する遺伝子の1 つは、これまで人間への感染では発見されなかったものだという。この遺伝子は、ノイラミニダーゼ酵素(「H1N1型」と呼ぶ場合の「N1」にあたる部分) をコードするものだ。

[A型とB型のウイルス粒子表面にあるヘマグルチニン(赤血球凝集素、HA)とノイラミニダーゼ(NA)という糖蛋白は変異が大きく、インフルエンザの種類が多い要因となっている。A型インフルエンザウイルスに はHAとNAの変異が特に多く、これまでHAに16種類、NAに9種類の大きな変異が見つかっており、その組み合わせの数の亜型が存在しうる。亜型の違い はH1N1 - H16N9といった略称で表現される。ヒトのインフルエンザの原因になることが明らかになっているのは、2009年現在でH1N1、H1N2、H2N2、 H3N2の4種類]

ノイラミニダーゼ酵素は、感染した細胞からウイルスが拡大するのを制御する酵素だ。[ノイラミニダーゼは、A型とB型のウイルス粒子表面にある糖蛋白。体内でのインフルエンザウイルスの増殖過程において、感染細胞からのウイルスの放出に必要な酵素で、この作用を抑えるノイラミニダーゼ阻害薬が『タミフル』や『リレンザ』]


インフルエンザウイルスの構造。Wikipedia Commons

「ユーラシア大陸の豚インフルエンザウイルスを由来とする、このノイラミニダーゼ遺伝子は、ヒトへの感染ではこれまで見られていない」と Rambaut氏は説明する。「これは、このウイルスが急速に拡大している理由のひとつだ。この特殊な組み合わせのウイルスに対する免疫を持つ人はほとん どいない。このため、単なる通常の季節的なインフルエンザの大流行ではなく、パンデミックの懸念が生まれている」

治療的な意味では、ウイルスの遺伝子的起源はあまり問題ではないかもしれない。豚・鳥・ヒト型の混合種ではなく、豚のみからのウイルスであろうが、 その免疫学的な状態が変わるわけではない。だが、遺伝子的な起源を理解することで、このウイルスがこれまでどのように進化を辿り、もともとどこから発生し たのかについて、科学者らが判断するのに役に立つ可能性がある。

今後については予測がつかないという。「インフルエンザ・ウイルスは非常に急速に変化するので、今回のウイルスが今後、人間の体内で変異し、進化す るということには疑いの余地がない。こうした進化がどのようなものになるのか、予測することは非常に困難だ」とHolmes氏は語った。