2009年5月2日土曜日

新型インフルは「ヒト・鳥混合型ではない」+発生源をめぐる論争


マスクをするメキシコの警官。Image: Flickr/sarihuella

世界規模のパンデミック(感 染爆発)になるかもしれないという懸念が持たれている、H1N1型インフルエンザ・ウイルス。これまでの報道では、このウイルスについて、豚・ヒト・鳥型 のインフルエンザ・ウイルスの混合種と見られると説明されてきたが、同ウイルスを分析した研究者が4月28日(米国時間)にワイアード・コムに語ったとこ ろによると、このウイルスは一般的な豚インフルエンザ2種の混合種である模様だ。

エジンバラ大学のウイルス遺伝学者Andrew Rambaut氏は、豚インフルエンザに感染したカリフォルニア州の児童から採取したウイルスサンプルの遺伝子配列を解析した。

これらのサンプルは米疾病管理センター(CDC)が収集したもので、インフルエンザ遺伝子のデータベースを無料公開している国際的非営利組織GISAIDを通じて、研究者らに提供された。[GISAIDは、 鳥インフルエンザが猛威をふるった2006年8月に、情報が制限されている状態に危機感を持った医療分野の研究者たちによって設立された、情報共有のため の国際団体。鳥インフルエンザの国際データベースは他に米国のロスアラモス国立研究所があるが、無制限に情報を公開しているわけではないという]

Rambaut氏と同様の結論を出している研究者は、ほかに、ペンシルバニア大学のウイルス進化研究者Eddie Holmes氏や、メリーランド大学の生物情報学者Steven Salzberg氏がいる。CDCのコメントは得られなかったが、ワイアード・コムが入手した、CDCから研究者宛に出された文書は、彼らの分析を認める内容だった。

研究者たちは、カリフォルニアのサンプルはメキシコのウイルスと同じ系統であると考えている。ただし、メキシコのウイルスサンプルはまだ遺伝子配列が解析されていないので、カリフォルニアのサンプルとの類似性については確定しているわけではない。

豚インフルエンザ感染の最初の事例は、メキシコのベラクルス州ラグロリア(La Gloria)で発生したとされている。[ラグロリアは人口3000人の村。現時点でメキシコで把握されている最初の感染が出た(4月初頭)とされるが、 2月の段階ですでに、体調の不良を訴える住民が続出していたという情報もある]

ラグロリアには、米国の大手食肉加工業者Smithfield Foods社の子会社である、メキシコのGranjas Carroll社が運営する大規模な養豚場がある。この養豚場は、管理が不衛生だとして以前から悪評が高かった[リンク先の記事は、同養豚場の衛生状態が悪いことを伝える写真レポート]。

ベラクルス州の住民や複数のジャーナリストは、ウイルスがこの養豚場の豚において進化し、その後、ウイルスを含む廃棄物によって汚染された水や昆虫などを介して人間に感染したと主張している

非衛生的な大規模養豚場は、以前から、新型インフルエンザが繁殖する格好の環境になる危険性があると警告されていた。例えばPew Commission on Industrial Farm Animal Production(畜産農場に関するPEW委員会)が昨年発表した報告書など、多数の研究者らが警告を行なってきた。

[豚は、豚だけでなく鳥類やヒトのインフルエンザウイルスにも感受性を有することから、異なる株(例えば、アヒルとヒト)のインフルエンザウイルスに同時に感染する可能性がある。同時に異なる株が感染した場合には、両者の遺伝子の混合により新たなウイルスが生み出される可能性がある]

一方Smithfield Foods社は、25日に発表したプレスリリースのなかで、「当社が飼育している豚、およびメキシコにおける合弁企業の従業員に、豚インフルエンザの感染を示す臨床的症状や兆候は見られていない」と述べている。

Smithfield社はより詳しいコメントを避けたが、同社最高経営責任者(CEO)のLarry Pope氏は『USA Today』紙に対し、「『豚インフルエンザ』という名称は間違った呼び方だ」と述べている。[メキシコ政府も、同養豚場と感染の関連を強く否定しているが、週明けのSmithfield社の株価は12%急落したと報道されている]

今回カリフォルニア州のサンプルの解析を行なったRambaut氏やSalzberg氏らは、新しいH1N1型の発生源がどこかについてはわからないと述べた。しかし、発生源は豚だと考えられている。

「2頭の豚が感染したかもしれないし、あるいは、1頭の豚が同時に2つの病気に感染したかもしれない。とにかく、2つのインフルエンザウイルスが混ざり、新しいウイルスが生じたと考えられる」とSalzberg氏は述べる。

カリフォルニア州のサンプルの中に遺伝子が特定された2タイプのウイルスとは、「北米の豚インフルエンザ」および「ユーラシア大陸の豚インフルエン ザ」だ。北米のインフルエンザは1930年代に、ユーラシア大陸のインフルエンザは1979年にそれぞれ明らかになった。ユーラシア大陸のウイルスは一般 に、北米ではなく欧州やアジア地域で見られるものだ。

どちらのインフルエンザウイルスも、人から人へ感染するものだとはされてこなかった。ユーラシア大陸のインフルエンザウイルスに由来する遺伝子の1 つは、これまで人間への感染では発見されなかったものだという。この遺伝子は、ノイラミニダーゼ酵素(「H1N1型」と呼ぶ場合の「N1」にあたる部分) をコードするものだ。

[A型とB型のウイルス粒子表面にあるヘマグルチニン(赤血球凝集素、HA)とノイラミニダーゼ(NA)という糖蛋白は変異が大きく、インフルエンザの種類が多い要因となっている。A型インフルエンザウイルスに はHAとNAの変異が特に多く、これまでHAに16種類、NAに9種類の大きな変異が見つかっており、その組み合わせの数の亜型が存在しうる。亜型の違い はH1N1 - H16N9といった略称で表現される。ヒトのインフルエンザの原因になることが明らかになっているのは、2009年現在でH1N1、H1N2、H2N2、 H3N2の4種類]

ノイラミニダーゼ酵素は、感染した細胞からウイルスが拡大するのを制御する酵素だ。[ノイラミニダーゼは、A型とB型のウイルス粒子表面にある糖蛋白。体内でのインフルエンザウイルスの増殖過程において、感染細胞からのウイルスの放出に必要な酵素で、この作用を抑えるノイラミニダーゼ阻害薬が『タミフル』や『リレンザ』]


インフルエンザウイルスの構造。Wikipedia Commons

「ユーラシア大陸の豚インフルエンザウイルスを由来とする、このノイラミニダーゼ遺伝子は、ヒトへの感染ではこれまで見られていない」と Rambaut氏は説明する。「これは、このウイルスが急速に拡大している理由のひとつだ。この特殊な組み合わせのウイルスに対する免疫を持つ人はほとん どいない。このため、単なる通常の季節的なインフルエンザの大流行ではなく、パンデミックの懸念が生まれている」

治療的な意味では、ウイルスの遺伝子的起源はあまり問題ではないかもしれない。豚・鳥・ヒト型の混合種ではなく、豚のみからのウイルスであろうが、 その免疫学的な状態が変わるわけではない。だが、遺伝子的な起源を理解することで、このウイルスがこれまでどのように進化を辿り、もともとどこから発生し たのかについて、科学者らが判断するのに役に立つ可能性がある。

今後については予測がつかないという。「インフルエンザ・ウイルスは非常に急速に変化するので、今回のウイルスが今後、人間の体内で変異し、進化す るということには疑いの余地がない。こうした進化がどのようなものになるのか、予測することは非常に困難だ」とHolmes氏は語った。

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