2009年5月2日土曜日

仮面の裏側が見える人・見えない人:「ホロウマスク錯視」研究


Image credit: Flickr/atöm

お面の裏側に存在する凹んだ顔を、普通の凸面の顔として知覚する、「ホロウマスク錯視」と呼ばれる錯視がある[Hollow face錯視、凹面顔錯視とも呼ばれる]。

下の動画でこの錯視を経験することができるが、それが目の錯覚だと分かっていても、凹面の顔を凹面と見ることができず、脳が凹面を凸面ととらえてしまう。

この錯視は、人間の脳が視覚世界を解釈する際の戦略によって起こる。それは、実際に目に見えるもの(ボトムアップ処理と呼ばれる情報処理法)と、過去の経験に基づいて見えると予想されるもの(トップダウン処理)を組み合わせて判断するという戦略だ。

「トップダウン処理では、ストック写真のモデルのように記憶が蓄積されている」。『NeuroImage』誌に掲載された今回紹介する論文の執筆者の1人で、ドイツのハノーバー医科大学に所属するDanai Dima氏は説明する。「脳内のモデルでは、すべて顔が凸面になっているため、どんな顔を見ても、当然凸面のはずだと考えてしまう」

この予想の影響力が強いせいで、顔が反転していることを示す視覚的な手がかり、たとえば影や奥行きといった情報は無視されてしまうのだ。

この錯視は、顔を使った場合にはよく成功するが、他の物体ではそうでもなく、顔を逆さにしただけでも効果が下がる。これはおそらく、人間が顔に対し て持っている特別な関係性によるものと考えられる。神経科学者の多くは、人間の脳には顔を専門に処理する領域があると考えており、そのため、脳の損傷の仕 方によっては、視覚や他の記憶には何の影響もないのに、顔の認識だけができないということも起こり得るという。

興味深いことに、統合失調症の患者はこの錯視を起こさない。彼らは凹んだ顔を凹んだ顔として知覚する。米国では1000人中7人ほどが患っている統合失調症は、 幻覚や妄想、計画能力の低下などを特徴とする疾患だ。このような現実からの解離は、ボトムアップ処理とトップダウン処理のバランスが取れていないことが原 因ではないかと、一部の心理学者は考えている。この仮説をテストするべく、ホロウマスク錯視を使った研究が行なわれた。

Dima氏と、ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(UCL)のJonathan Roiser氏は、統合失調症患者がなぜこの錯視にだまされないのか突き止めようと考えた。そこで、統合失調症患者13人と、比較対照群として健常者16 人を被験者に、fMRI(脳スキャン)を使って脳の活動を測定し、凹面と凸面の顔の三次元画像を見せた。結果は予想通りで、統合失調症患者は凹面の顔を凹 面と知覚したのに対し、健常者は誰も知覚できなかった。

Dima氏とRoiser氏は、動的因果性モデリング(DCM) という比較的新しい技術を用いてfMRIのデータを分析した。この技術によって、被験者がタスクを実行中に、脳の領域間での結びつきに違いがあったことが 突き止められた。健常者が凹面の顔を見ているときには、トップダウン処理に関与する前頭頭頂ネットワークと、目から情報を受け取る脳の視覚野との間で結び つきが強くなった。一方、統合失調症患者にはそのような結びつきの強化はみられなかった。

錯視において健常者の脳は、この結びつきを強めることで自らの予想する視覚(通常の凸面の顔)が優勢になるように処理し、それによって、実際には見 えているが自らの想定には存在しない視覚情報を圧倒するのだと、Dima氏は考えている。一方、統合失調症患者の場合は、このような脳の経路をうまく調整 できず、その結果、凹面の顔を現実として受け入れている可能性があるという。

凹面の顔が凹面として見えるのは、統合失調症患者だけではない。酒に酔っている人や、ドラッグでハイになっている人も、この錯視には引っかからない。この場合もやはり、脳が見ているものと、見えると予想されるものとがうまく結びつかない状態が、アルコールやドラッグによって引き起こされている可能性がある。

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