2012年7月11日水曜日

賄賂、ポルノ、スパム……アプリ開発者を誘惑する“抜け道”の数々


不正の疑いのある手口には様々なものが存在する。ベテランのアプリ開発者なら、オフレコという条件付きで、トラフィックを急増させる強力な手口を喜んで列挙するだろう。以下に紹介するのは、そうした手口の一部である。

スマートフォン向けなどのアプリ市場に大金が流れこみ、この分野で活動する企業各社の株価も上昇し続けているが、そんななかで、一部のアプリメーカーでは常軌を逸した手段を用いるところも目立ち始めている。たとえば、有利な条件で増資しようとユーザートラフィックをお金で買ったり、ユーザーを引き寄せるためにポルノコンテンツを利用したり、あるいはスパムを送りつけるといった手を使いながら、競合相手を出し抜こうとやっきになっている──とりわけ競合相手が自社より汚い手段を使っているという妄想に取り憑かれた各社が、ユーザーの時間や投資家の資金を浪費させようとしているという。

「彼らは資金調達のためにダウンロード数やアプリのランキングを操作しようとしている」。そう話すのはヴェンチャーキャピタルのクレイナー・パーキンス・コーフィールド&バイヤーズのパートナーを務めるマット・マーフィー。「資金調達に乗り出している各社に共通して見受けられるのは、アプリのダウンロード数などの数字がある時点で突然跳ね上がっていること。つまりこれは、アプリメーカーがそうした爆発的成長が実際に起こるまで資金調達の開始を待ったか、あるいは自らの手でそうした数字をつくり出したかのどちらかだ」(マーフィー氏)

オープンなウェブの勢いが衰え、ブラウザベースのオープンなエコシステムに代わり、隅々までコントロールされたアプリの世界が勢力を拡大しているとすれば、疑問の余地があるアプリメーカーのやり方は、ヴェンチャーキャピタリストやソフトウェア開発者だけの問題では済まされなくなる。アプリが爆発的に増加するなかで、ユーザーのプライバシーを侵害したり、時間を無駄に使わせたり、オンラインの評価を下げたりするような悪意のあるスタートアップが身を潜める隙間も増えつつある。そして、現在みられるお金の流れとユーザー増加の流れが今後も続けば、この状況はさらに悪化していくいっぽうだ。

また、アプリがもつ不透明性によってこうした状況が助長されてきた面もある。オープンなウェブでは、広告や問題のあるコンテンツなどはほとんどの場合、外部から見てわかるものとなっている。それに対しアプリの場合は、ユーザーの行動がソフトウェアの中で完結しており、またアプリの取得も「iTunes」や「Google Play」といった特定のオンラインサーヴィスや「Tapjoy」「Flurry」などのクローズドなアドエクスチェンジで行われている。これが不正アプリやその疑いがあるアプリにとって理想的な環境となっている。

さらに、不正の疑いのある手口には様々なものが存在する。ベテランのアプリ開発者なら、オフレコという条件付きで、トラフィックを急増させる強力な手口を喜んで列挙するだろう(ただしそうした手口を長く使い続けられるかどうかはわからない)。以下に紹介するのは、そうした手口の一部である。

お金でユーザーを買う

あなたがAndroidスマートフォンでゲームをしていて、ゲーム内の何らかの仮想通貨で、新しい武器や農場の設備を買いたいと思ったとしよう。とはいえ、あなたはクレジットカードを使いたくはない。そんなとき、ゲーム内の広告が、あなたのスマートフォンに他のアプリをインストールすると、いくらかのゴールドコインがもらえると知らせてくる……お金でユーザーを買う手口では、こうしたシステムが使われる。

「ペイ・パー・インストール」(pay-per-install、インストールによる支払い)と呼ばれるこのやり方について、あるヴェンチャーキャピタリストは「アプリ開発者にとって麻薬に等しいもの」と述べている。こういった広告を仲介しているTapjoyでは、アップルが昨年ペイ・パー・インストールを禁止するまで、年間1億ドルを稼ぎ出す勢いだった。なお現在では、この手口を使うアプリの大部分がAndroidアプリとなっている。
広告

このなかには、フェイスブックやグーグルの「AdWords」を使って広告を掲載するといったシンプルなものも含まれる。しかし、顧客のターゲッティング技術が高度化していくなかで、複数のアプリメーカー間で広告を出し合うケースもますます増えている。アプリ内広告に使われる広告費は、今年モバイルウェブ広告費を追い越し、30億ドル規模に達するとの予想もある

有料の斡旋

Tapjoyや、Flurryの「AppCircle」などのネットワークでは、アプリの開発元に対し、トラフィックや登録ユーザー数、場合によっては他のアプリ開発元へのインストール数に応じて料金が支払われる。このビジネスがいま繁盛している。Flurryでヴァイスプレジデントを務めるピーター・ファラーゴによると、1年半前にスタートした同社の斡旋ビジネスは、現在では年間数億ドル単位の売上をあげているという。

スパム/アグレッシヴ・シェアリング

ソーシャルネットワークとタイアップしているアプリメーカー各社は、ユーザーの共有設定を変更させることで、通常より少ないユーザー認証プロセスで、一時的にアプリの通知頻度を増やし、通知範囲を広げて拡散していくことができる。この戦略には無料ならではのメリットがある。

不適切なコンテンツ

ユーザーがアップロード・共有するヴィデオなどのコンテンツを取り扱うアプリメーカーには、著作権のあるものやポルノコンテンツにどう対応するかという点について、ある程度の裁量が認められている。通常は、こうしたコンテンツはできるだけ早く消すことが理にかなっている(海賊版やポルノコンテンツを扱って、自社の評判を落としてもいいというアプリメーカーはほとんどない)。しかし、どうしてもトラフィックを稼ぎたいなら、こうしたコンテンツの消去を先延ばしにするだけでいい。通常は数時間しかサーヴァー上に保存されないようなコンテンツの消去を1、2週間引き伸ばすだけで、大量のトラフィックを稼ぐことも不可能ではない。

こうした様々な選択肢が存在しているため、アプリメーカーにとっては不正な手口でトラフィックを稼ぐことへの誘惑もそれだけ強い、ということになる。

ハンガリー 金融取引税導入へ


ハンガリー 金融取引税導入へ
財政再建を進めるハンガリーの議会で、振り込みなど銀行での取り引きに課税する「金融取引税」の法案が可決され、来年からの導入が決まりましたが、相次ぐ税負担に国民の反発はさらに強まりそうです。
ハンガリーは、ヨーロッパの信用不安の影響で財政が悪化し、支援を要請したEU=ヨーロッパ連合などから、財政赤字の削減を求められていることから、歳入を増やそうと塩分や糖分の高い食品に課税する「ポテチ税」や、電話の通話などに課税する「電話税」を相次いで導入しています。
ハンガリー議会は9日、新たに銀行での取り引きに対し課税する「金融取引税」の法案を賛成多数で可決し、来年からの導入が決まりました。
個人や企業が行う振り込みや引き出しなどの取り引きに対し、取引額の0.1パーセント、1回当たり最大6000フォリント(日本円で2000円余り)を課税します。
また、中央銀行と民間銀行の間の取り引きも課税対象になるということです。
「金融取引税」は、将来の経済危機に備える財源としてEUで議論されているほか、フランスでは来月から投機的な取り引きを抑制するために導入されます。
ハンガリー政府は、この税の導入で来年は1280億円余りの税収を見込んでいますが、景気の低迷が続いているなかでの相次ぐ税負担に、国民の反発はさらに強まりそうです。

2012年7月10日火曜日

日本、南シナ海の領有権問題に積極介入


 日本政府は今、海上貿易を守るために東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国との軍事的連携を深め、中国政府に立ち向かおうとしている。
 フィリピンとベトナムは南シナ海での中国の強硬姿勢に対し嵐のような抗議をしてきたが、懸念を表明しているのは両国だけではない。あまり目立たないが、日本も重要な役割を果たしてきた。パラセル諸島やスプラトリー諸島に直接的な領有権はないものの、世界第3位の経済大国である日本は緊張の拡大を防ぐことを非常に重視しており、そのために積極的に動き始めている。
Associated Press
フィリピンを訪問した海上自衛隊の艦船
 カンボジアの首都プノンペンで今週開かれれるASEAN地域フォーラムで、玄葉光一郎外相は最近の情勢に関して強い懸念を示し、領海権の主張を明確にして外交的解決を急ぐことを関係各国に要請する意向である。こうした介入はベトナムのような東南アジアの国々には歓迎されるだろうが、日中間の摩擦をほぼ間違いなく激化させるだろう。
 日本は中国との間に領土問題を抱えているが、それとは別の、直接的な領有権がない領土問題で日本政府が中国を敵に回すことには大きな意味がある。以前から南シナ海の情勢を注視してきた日本政府が、より積極的なアプローチの必要性を感じるようになったのは2008年に緊張が高まり始めてからのことだった。
 日本はそこに2つの大きな懸念を抱えている。1つ目は時間の経過とともに低レベルの緊張がより大規模な紛争へと発展し、海上輸送を妨げるのではないかというもの。南シナ海のシーレーン(海上輸送路)は日本製品を重要な市場である東南アジアや欧州へ輸出するのに使われるほか、輸入原油の90%が通過するため、経済安全保障上の問題となる。
 2つ目の懸念は、中国が恫喝によって南シナ海の支配権を確立すると、日本との領土問題がある東シナ海でも同じ戦術を使ってくる可能性があるというものだ。領有権とその領海における「歴史的権利」を主張するための疑わしい理由を、中国に丸めこまれたり強要されたりした結果、東南アジア諸国が受け入れるようなことになると、1982年に採択された国連海洋法条約のような既存の法的規範の実効性が損なわれてしまうだろう。中国が同じ理由を主張してきた場合、東シナ海の尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権をめぐる日本側の主張の説得力にも悪影響を及ぼしかねない。
 そればかりか中国は、軍事的圧力に関して、1つの地域で成果を上げたのだから、他の地域でも効果があるはずという計算をするかもしれない。こうした中国の瀬戸際政策により、日中関係が軍事的、外交的な危機に瀕することもあり得るのだ。
 こうした事情もあって、日本は南シナ海危機への対応で主導的役割を果たすことを決意し、その一手段として多国間のフォーラムを利用している。日本政府はASEANのサミットで近海の「平和と安定」を呼びかけてきた。さらに重要なことに、日本はその海上保安庁と東南アジアのそれに類する組織との協力関係を強化することを約束した。南シナ海で領土問題を抱える国々は一般的に、その領有権を誇示するのに海軍の艦艇ではなく、沿岸警備隊を使ってきたので、この協力には重要な意味がある。
 日本は最近、年次ASEAN海洋フォーラムに関して、オーストラリア、インド、米国といった対話国を含む拡大会合も提案した。日本は、既存の国際法の枠組みを強化し、南シナ海の領有権問題を解決するメカニズムを構築する上でこのフォーラムを有効な場と捉えている。拡大会合が実現すれば、会議場における自由民主主義の存在感も高まることになる。ASEANでは、中国を敵に回すことを恐れて慎重な態度を取る加盟国があるという問題点も指摘されている。
 日本はASEANのみの議論や交渉に完全に満足しているわけではない。ASEANの努力に対しては強い支持を表明し続けている日本だが、その危機対応能力のなさに苛立ちも募らせている。日本としてはASEANが一致団結することを望み、加盟国が圧倒的に優位な立場にある中国と個別に取引することに反対している。
 そこで日本政府は、この地域のいくつかの国々との2国間協力を模索していくことになる。日本が1番積極的に支援してきたのが、軍事力に乏しいことでASEANという環で最弱部分と不安視されているフィリピンだ。日本は現在、フィリピンの沿岸警備隊の防衛能力の向上に力を入れ、その海上監視能力を強化するために巡視船10隻の供与にも基本合意している。
 両国は軍事的な連携も強化し始めている。定期的な対話はすでに始まっており、今年、海上自衛隊の艦船はフィリピンを訪問し、合同演習に参加したほか人道支援も行った。日本はフィリピンの他にも、ベトナムと防衛協力関係を深めることに合意しており、シンガポール、マレーシア、インドネシアとの交渉にも参加している。
 日本以外の大国が南シナ海の領土問題に干渉してくることに中国が反対するのは自由だが、日本による干渉は中国自身の瀬戸際政策が招いたものである。今週、プノンペンで開催されるASEAN地域フォーラムの結果、対立の火花が散るようなことになったとしても、東南アジア諸国にとって有利な結論が出るように働きかけるという日本政府の決意は固いようだ。

インド「ジェネリック医薬品を無料提供」の波紋

ジェネリック医薬品を無料提供するというインド政府の新計画は、製薬会社に打撃を与えるか


タダで提供 インドの病院で患者に無料で薬を提供する薬剤師(7月3日、コルカタ) Rupak De Chowdhuri-Reuters
必要な薬を買えない貧しいインド国民に、嬉しいニュースが舞い込んできた。インド政府はこのほど、全国民に無料でジェネリック医薬品(後発医薬品)を提供する計画を明らかにした。ロイター通信によれば、この計画の予算は54億ドルに上り、その配分先は数週間以内に発表される見通しだ。同計画は昨年承認されていたが、これまで公表されていなかったという。
これによって、公的医療機関で働く医師はすべての患者に無料でジェネリック医薬品を処方できるようになる。インド国民が、薬を今より手に入れやすくなることは明らかだ。ただし医師が処方できる薬は一部のジェネリック薬品に限定されていて、商標登録された薬を処方した医師は処罰される。
インドの医薬品業界は世界有数の成長市場であるため、この計画が大手製薬会社にとって痛手になる可能性があると、ロイター通信は伝えた。
インドの英字日刊紙タイムズ・オブ・インディアによれば、インドの製薬業界はこの動きを歓迎している。インド製薬連盟のディリップ・G・シャー事務局長は、「政府が社会の弱者に薬を無料で提供するという試みなら、いつでも大歓迎だ。われわれはこの動きを支持する」と述べた。

急成長するジェネリック医薬品市場

英フィナンシャル・タイムズ紙は、8億人が1日2ドル以下の生活を送るインドで、薬の無料提供の恩恵を受ける国民は2017年までに52%に達すると指摘する。アナリストたちは、この計画によって外資系の製薬企業が及び腰になることはないとみている。計画が対象としているのは貧困層や地方の住民なのに対し、外資系の製薬企業が狙うのは富裕層と都市部の市民だからだ。
インド政府は今年3月、ドイツの製薬会社バイエルが生産している抗がん剤のジェネリック版をインドの製薬会社ナトコ・ファーマが生産することを許可。市場に出回っている薬は高過ぎて買えないというのがその理由だ。
インドのジェネリック医薬品市場は急成長中で、その輸出規模は110億ドルに上る。インド特許法は95年以前に開発された医薬品について何の保護条項も設けておらず、今年は特許が切れる医薬品が多いという。ジェネリック医薬品メーカーが、このチャンスに食いつくのは間違いない。

2011年4月14日木曜日

石炭は核よりも危ない

 ドイツの緑の党が、初めて州政権一つを握ることとなった。ドイツでは日本の原子力発電所の危機を受けて複数の原発を一時的に停止したが、それら原発の将来を決するのにちょうど間に合った形だ。日本の原発問題が影響し、緑の党は2週間前の州議会議員選挙で異例の勝利を勝ち取った。

Associated Press

放射線検査をしながら東京で販売されたイチゴ(12日)

 緑の党が原発反対の姿勢を維持するなら、その結果もたらされる電力不足には、消費者が価格の大幅上昇を受け入れるしかない。しかし、緑の党のリーダー、クレッチマン氏はすぐに過激な政策をとろうとはしないだろう。風力や太陽光は夢の話だ。選択肢となるのは、原子力か石炭だ。

 いまやチェルノブイリと並ぶレベルとなった日本の惨状を受けて(ただし、放出された放射性物質の量は比較にならないほど低いが)、世界中の国々が同様の選択をしている。どこの政府も、さまざまな考え方が入り乱れた現代科学の難問と再び向き合うこととなった。すなわち、「低レベルの放射線を浴びると、どのくらい害があるのか」という問題だ。

 過去60年間、異常な量の放射線を浴びた人たちの間で、「過剰な」発がん率があるかどうかが研究されてきた。その結果は、科学的に満足なものではなく、政治的にやっかいなものだ。

 米国と日本の政府が共同で行い、かつては評価されていた広島と長崎の研究では、低線量の被ばくでは、がんのリスクはほとんど、あるいはまったくないという結果だった。むしろ、低線量の被ばく者は「がん以外の」病気による死亡が少ないことから、長寿につながるとも考えられた。だが、この原爆の研究は、ここ数十年で科学的な価値が疑われるようになった。理由の一つは「生存者バイアス」だ。生き残った人たちは、原爆だけでなく、その後すぐに住居の喪失や飢え、台風などを経験し、くぐり抜けてきた。つまり、一般的な日本人より屈強な人々ではないかと考えられるのだ。

 1980年代には、胎児のときにエックス線を浴びた英国の幼児の調査や、米国核施設の労働者の調査が行われ、原爆の研究は次第に脇に追いやられるようになった。これには法規制の面での思惑も絡んでいた。これらの調査では、シンプルで直感的な「比例的で、閾値はない」という仮説が証明されたと考えられたのだ。つまり、放射線の危険度は、線量に正比例するということだ。

 これらの調査にも問題はあった。英国の母親たちは、出産後何年も経ってから、妊娠中に何回エックス線を浴びたかを記憶に頼って答えなければならなかった。ハンフォード核施設の労働者の調査でも、3万5000人の労働者の中で2500人ががんにかかり、それが6%から7%「過剰」だったと主張していた。

 ほかにも、さまざまな説がある。研究所内の実験では、低レベルの放射線は細胞自体の修復機能を刺激すると考えられた。放射線科医を対象とした研究では、エックス線の危険性が知られる前に仕事に従事していた人たちの間では、発がん率が高いことが示された。しかし、のちの調査では、少量の放射線を一生涯浴び続けても、まったく影響がなかったという結果も示された。

 そして「ホットパーティクル」の問題もある。つまり、本当に危険なのは、飲み込まれたり吸い込まれたりして、体内に長期的に存在し続ける粒子ではないかという説だ。通常は放射線が皮膚から入ってこないようなエネルギーの低い粒子でも、これが起こり得るという。

 1986年にウィーンで開かれた会議では、チェルノブイリの事故でこうした議論に結論が出るのではないかと、専門家たちは期待した。その中の一人が言った。「20年か30年のうちには、比例仮説が(正しいのか)どうなのか分かるだろう。少なくとも、白血病や肺がんとの関連性は分かるはずだ」

 そうはならなかった。放射線を浴びた子供たちの間では、治療可能な甲状腺がんはかなり増加した(これは、当時もっと迅速な行動をとっていれば防げたものだ)。しかしそれ以外は、国連の監視プロジェクトでは、チェルノブイリ地域の住民の間に「がんの発病や死亡率の上昇を示す科学的な証拠」は見つからなかった。

 だが、だからと言って、「過剰な」がんによる死亡を予測する他の何万もの研究を止めることにはなっていない。そうした研究は、欧州中で何十年にもわたって行われ、すべて「比例的で、閾値はない」モデルを基盤としている。また、どこの政府でもそのモデルを規制の基準としている。

 これらのことがすべて、日本では直接的な意味を持つ。中でも、ホットパーティクルの問題はいずれ大きな懸念材料となるだろう。「比例的で、閾値がない」とする考え方では、日本政府はどのレベルの放射線も「安全だ」とは言えなくなる。たとえそれが、平均的な人にとっては、無視できる程度のリスクのものだったとしても。この先何十年にもわたり、発がん率の小さな変化を巡る論争や、ある患者が「福島原発の犠牲者か」という答えの出ない論争に、日本政府は振り回されるかもしれない。

 もちろん、バーデン・ビュルテンベルク州の緑の党にとって強烈な皮肉となるのは、リスクのモデルなど関係ないということだ。どこから見ても、核よりは石炭の方がずっと危険なのだ。

 統計的な予測の産物ではない、実際の死者数から示そう。毎年、炭鉱事故(特に中国での事故)で死亡する人の数は、核関連の事故の死者数合計より数千人以上多い。さらに、石炭火力発電所では水銀や他の金属など、有害な物質を排出する。加えて、放射性トリウムやウラニウムなどの排出量は、原子力発電所よりも多い。水銀などの金属は、「比例的で、閾値のない」考え方に、まさに沿うものである。2004年に米環境保護省が出した推計によると、当時推進されていた新たな排出基準に従うだけで、年間1万7000人の命が救えるという。

 つまり、バーデン・ビュルテンベルク州の緑の党にとって、これは朝飯前の問題だ。そう、分かるだろう。どっちにしろ、原発は廃炉だ。反原発の姿勢は、検討すべきテーマではなくて、信念の問題なのだから。

世界で最も安全な国債は?

 【ロンドン】安全な場所など、あるのだろうか。

 ウォール街の金融界は、西側先進国が発行した国債が最も安全な投資先だと言うだろう。

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 しかし、最近の出来事は、その考え方を否定するものだ。国際的な救済パッケージがないとしたら、ギリシャやアイルランド、ポルトガルの国債は間違いなくデフォルト(債務不履行)になっていただろう。

 問題はそれで終わり、と思ってはいけない。スペインの財政は悪化している。イタリアの純債務は国内総生産(GDP)の100%だ。

 ドイツ、スイスは大丈夫だ。しかし、ドイツとスイスの銀行が保有する欧州の不良債権は、一体どのくらいなのか。ロンドンの金融関係者は、ドイツの銀行が、スペイン関連などの多額の損失を書類の下の小さな活字に隠し、新たな“リーマン・ブラザーズ”となるのではないかと懸念している。

 他の地域では、国家財政が混迷している。日本の債務はチャートを突き抜け、経済規模の2倍を超えている。

 米国の公的債務総額はGDPのちょうど100%で、急速に拡大しつつある。米国は、自分の問題さえ対処できない。8日のどたばたはその予兆だった。あと1時間で、不名誉な政府機関の閉鎖に追い込まれるところだったのだ。このような危機は、おそらく、これが最後ではないだろう。

 それでも、ウォール街は、米国債は「リスクフリー」だと主張し続ける。

 このような状態で、誰を信用できるのか。メルトダウンを懸念するなら、どの国の財政が安全で健全なのか(もしあればの話だが)。

 そんな国は多くはない。

 国際通貨基金(IMF)によると、安全安泰なのは一握りの国だ。

 たとえば、オーストラリアとニュージーランド。デンマーク、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーといったスカンジナビア諸国。

 大半の先進国が巨額の債務をため込む一方、こうした国は、債務を経済に比して低い水準に抑えてきた、とIMFは指摘する。彼らの公的年金制度には十分な資金がある。純債務がゼロという国も2、3ある。

 最強の国家財政を誇る国はどこか。ノルウェーだ。

 IMFの試算によると、ノルウェーの公的貯蓄は、公的債務をGDPの160%も上回っている。

 驚くことに、IMFの表のノルウェーの「純債務」には大きなマイナスの数字が並んでいる。

 どの国も、これには及ばない。

 この奇跡はなぜ起きたのか。ノルウェーは豊富な北海油田を持つ。普通の国と違い、ノルウェーは、この原油収入を減税や住宅バブルで浪費せず、万が一の備えにすることを決めたのだ。

 彼らは、石油収入を、政府の年金基金「Government Pension Fund Global(政府年金基金グローバル)」の財源とした。同基金では、財務省が国外の様々な投資対象、株式や債券に投資する。

 この基金の運用総額は現在、5120億ドル(約43兆円)。政府系ファンドとしては、世界第2位だ。

 ノルウェーは豊富な石油があるから幸運、という見方もある。

 しかし、貴重な天然資源を持つ国は多い。ほとんどの国がそれを浪費するだけだ。米国は、原油、石炭、天然ガス、その他多くの資源に不足していない。それなのに、われわれの国家債務は膨らんでいる。

 英国は、北海油田に恵まれているが、大きな債務も抱えている。その資金の大半は、1980年代の減税と、数百万人の失業保険に使われた。

 多くの国は、年金基金を自国の国債で運用する。ノルウェーの基金は、海外に投資される。

 法律によって、ノルウェーが利用を許されるのは、インフレとコストを差し引いた実質ベースの毎年の投資収益だ。昨年、政府予算の13%がこうした収益によってまかなわれた。

 ノルウェーの基金は、ほとんど財務省直轄で運営されている。しかし、この基金は、株と債券による本格的な分散投資が始まった1998年以降、年率で3.1%の投資収益(インフレとコストを引いた実質ベース)をあげている。

 総収益にして49%。悪くない。

 1998年は、株式市場バブルのピークに近く、株式投資をスタートする年としては不向きだったことを考慮せねばなるまい。また、こうした収益はクローネ建てだ。クローネは、当時ブームに沸いていたため、自国通貨に換算した投資収益を圧迫する。

 当時は大体、投資資産の構成は債券が60%、株式が40%だった。現在はちょうどそれが逆転している。欧州への投資にウエートが置かれている。

 つまりこうだ。金融情報サービスのFactSetによると、この間、バンガードのトータル(US)ストック・マーケット・ファンドに投資したノルウェーの投資家は、クローネ建てで23%のリターンしかあげられなかったことになる。バンガードのインターナショナル・ストック・インデックス・ファンドであれば46%、トータル(US)ボンド・マーケット・インデックス・ファンドであれば57%のリターンが期待できた。

 コストはわずか年0.1%だ。

 ここで一番の問題は、現在、ノルウェー国債の利率が米国債を上回っていることだ。(当然ながら、米投資家は為替リスクを考慮する必要がある。クローネが対ドルで下落すれば、実入りは少なく、上昇すれば多くなる)

 10年物のノルウェー国債(ブローカーを通じて購入可能)の利回りは3.9%。10年物米国債の利回りは3.5%。さあ、あなたならどちらを選ぶ?

2011年4月13日水曜日

次にスペインが救済される理由


人口の3分の2が都市部に集中? 50年後の世界のために温暖化対策を - スペイン

皆が「スペインは安全」と言うけれど・・・(写真は首都マドリードの夕暮れ)〔AFPBB News

先週指摘したように、欧州の政治家には、危機の解決を永久に先送りするあらゆる動機がある。その間にも、複数のユーロ圏周縁国の債務が増加し続ける。

 ポルトガルは6日、避けられない事態をようやく受け入れ、金融支援を要請した。欧州の当局者たちはすぐに、これが絶対に最後の救済になると宣言した。ブリュッセルの誰もが必死になって、スペインは安全だと主張した。

 欧州中央銀行(ECB)は7日、主要政策金利を0.25%引き上げ、1.25%とすることを決めた。今回の利上げは事前にはっきり合図が出されていたが、利上げは今後も続くだろう。筆者はECBの主要政策金利が今年末までに2%に上昇し、2013年には3%になると考えている。

ECBの利上げがスペインの不動産市場を直撃

 こうした軌道はECBのインフレ目標と一致しているが、特にスペインに悪影響を及ぼす。経済成長に対する直接的な影響は別として、金利上昇はスペインの不動産市場に打撃を与えるからだ。

 スペインの住宅ローンはほぼすべてが1年物の欧州銀行間取引金利(EURIBOR)に基づいており、1年物金利は現在2%に迫り、上昇している。

 スペインは危機以前に極度の不動産バブルを経験した。米国やアイルランドと異なり、価格はこれまで緩やかにしか下落していない。国際決済銀行(BIS)のデータによれば、スペインの実質住宅価格(1平方メートル当たりの価格を個人消費デフレーターで調整した数字)は、通貨同盟の当初から2007年6月のピークにかけて106%上昇した。

 高値をつけた後は2010年末までに18%下落している。こうした計算は起点となる日に大きく左右されるが、スペインの実質価格は1990年代を通して比較的横ばい傾向が続いたため、これは比較的安全な起点と言えるだろう。

住宅価格はさらに40%下落

 住宅価格の下落はどこで止まるだろうか? 筆者は、この上昇分がすべて帳消しになると見ている。ピークから大底までの下落幅は50%を超え、価格は現在の水準からさらに40%下がらなければならないだろう。

 これは妥当な想定だろうか? 米国では、実質住宅価格は20世紀の大部分を通じて停滞した。供給を調整できる限り、例えば移民などを通じた需要の増加は、価格水準に影響しないはずだ。

スペイン、失業率20.33%に 先進国で最悪水準

スペインの昨年末時点の失業率は20%を超えている(マドリードの公共職業安定所前に並ぶ人々)〔AFPBB News

 英国のように、供給に自然あるいは人為的な制約がある国では、状況が異なる。だが、供給条件の点では、スペインはむしろ米国とよく似ている。

 筆者は、なぜ今のスペインの実質住宅価格が10年前より高くあるべきなのか、なぜ価格が上昇し続けるべきなのかを説明する合理的な理由をまだ1つも聞いたことがない。

 スペインの住宅市場に関する最も重要な統計は、空き家の数だ。空き家は現在、およそ100万戸で、これは市場が今後数年間にわたって過剰供給に苦しめられることを意味している。これがさらなる価格下落の要因となる。

 システムにかかるストレス、つまり、景気後退や高い失業率、弱い金融セクター、原油高、金利上昇といったものを考えると、住宅価格が大幅に下落し、水平トレンドラインを割り込む事態さえ予想されるかもしれない。

貯蓄銀行に大きな打撃

 住宅価格の下落住宅ローン返済額の増加は必ず、まだ高くない返済遅延率と差し押さえ件数を押し上げる。これはスペインのカハ(貯蓄銀行)のバランスシートに影響する。バランスシートはすべての不動産ローンと住宅ローンを原価で計上している。デフォルト(債務不履行)率が上昇するに従って、貯蓄銀行は損失をカバーするために資本を増強する必要が出てくる。

 スペイン政府は必要な資本増強額が200億ユーロを下回るという疑わしい試算をしている。一方、その他の試算では、500億~1000億ユーロという数字が挙げられている。

 最も危険にさらされている資産は、建設・不動産セクターに対する融資で、その額は2010年末で4390億ユーロに上っている。スペインの銀行は、また別のリスクの源であるポルトガルに対しても1000億ユーロの債権を抱えている。

 朗報は、最悪のシナリオの下でも、スペインにはまだ支払い能力があることだ。スペインの公的部門の対国内総生産(GDP)債務比率は、2010年末時点で62%だった。アーンスト・アンド・ヤングは最新のユーロ圏予測で、この債務比率が2015年までに72%に上昇すると予想している。それでもドイツ、フランス両国の水準を下回る比率だ。

 しかし、スペインの民間部門の対GDP債務比率は170%に上っている。経常収支の赤字は2008年にGDP比10%でピークをつけたが、今も持続不能な高さで、2015年までGDP比3%を超す赤字が続くと予想されている。これはスペインがネット(純額ベース)の対外債務を積み上げていくことを意味している。

 スペイン銀行によれば、同国のネットの対外資産負債残高(対外金融資産と対外債務の差)は2010年末時点でマイナス9260億ユーロだった。GDPの90%近い水準だ。

スペインは安全という声明は慢心

 もしスペインの不動産市場に関する筆者の勘が正しければ、スペインの銀行セクターは現在試算されている以上の資本が必要となるだろう。それがいくらなのかは分からない。我々は予想モデルの範疇を大きく外れているからだ。

 価格が急激に下がると、どんな資産査定(ストレステスト)でも捉え切れない大きな内部圧力が生じる。

 多大な対外債務と金融セクターの脆弱性、そして資産価格がさらに下落する可能性という組み合わせは、ある時点で資金調達難が起きる確率を高める。このことはスペインが欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)に金融支援を求める次の国になることを意味している。

 スペインは安全だという多くの公式声明について言えば、それは単に、欧州の危機を当初から特徴づけてきた慢心の度合いを測る指標だと筆者は思っている。