2008年7月3日木曜日

フェイクマネー崩壊で厳しい欧米投資銀行、業界縮小は不可避

 森 佳子記者

 [東京 3日 ロイター] 信用バブル崩壊は欧米投資銀行を損失拡大と増資の「いたちごっこ」に追い込んだ。レバレッジが生み出した「フェイクマネー」(ニセ金)の縮小で、追加損失の計上に終わりが見えないなか、投資銀行は今後、必要最低限の投資銀行業務で生き残るか、商業銀行業務に回帰するかの厳しい選択を迫られそうだ。

 <カウンターパーティーリスクの所在に変化>

信用バブルの崩壊は、これまで親密だったプライム・ブローカー(欧米大手投資銀行)とヘッジファンドの関係に変化をもたらし、カウンターパーティーリスク(取引相手の倒産等で取引執行が不可能となるリスク)の所在も変化してきた。

  プライム・ブローカーとは、顧客のヘッジファンドが取引を行う際に資金及び証券の貸付や決済といったサービスを提供する投資銀行(証券会社)のこと。

 1998年のLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)危機の際には、プライム・ブローカーがLTCMへの貸出を引き揚げ、危機の引き金を引いた。だが、今年3月には、ベアー・スターンズ(BSC.N: 株価, 企業情報, レポート)に資産を託していたヘッジファンドらが、ベアーから他のブローカーへ資産の移し替えに走り、ベアーの流動性危機を招いた。

 リスク分散の観点から、ヘッジファンドは既に数社のプライム・ブローカーと取引するようになっており、プライム・ブローカーが1社で、ヘッジファンドの資金繰りから取引全般を世話していた頃とは様変わりとなっている。プライム・ブローカー・ビジネスは投資銀行業務の一翼を担っていたが、顧客の意識も変わってきた。

 オルタナティブ投資に特化した投資運用会社のGCIアセット・マネジメントの末永孝彦・代表取締役は「プライム・ブローカーはデリバティブの取引相手であるケースもあり、ヘッジファンド業界ではプライム・ブローカーのカウンターパーティリスクに対する意識が高まっている」と語る。

 「投資銀行は存続するだろうが、伝統的なコマーシャルバンキング(商業銀行業務)が、少なくとも今後数年間は、より重要な位置を占めるだろう」と富国生命保険の財務企画部長・櫻井祐記氏は語る。  

 主要投資銀行に対するカウンターパーティーリスク懸念を示す指数は1日、投資銀行で追加的かつ大規模な損失が発生するという懸念から、147.9ベーシスポイント(bp)と3カ月ぶりの水準まで拡大した。大手投資銀行15行のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)スプレッドの平均値を基に算出する同指数は、1年前に約25bpだった。

 <レバレッジ取引の痛手>

 プライム・ブローカーのカウンターパーティーリスクが顕在化するなか、預かり資産ベースで最大2兆ドルの規模に達したヘッジファンド業界にも変化の波が押し寄せている。

 ヘッジファンドは、投資家からの預け金を元に、主にプライム・ブローカーから資金調達し、レバレッジ拡大でポジションを膨らませ、運用収益の向上を目指してきた。

 「JGB(日本国債)のレポ(証券担保の与信)では、対ヘッジファンドでJGBを15回転させて、ポジションを膨らまるケースもあった」(あるプライム・ブローカー)というが、今年2―3月には、担保掛目の厳格化や対ヘッジファンドのクレジット・ラインの縮小などで、レバレッジは一気に縮小した。

 ヘッジファンドはポジションの解約売りに追い込まれ、それが元で相場が一段安となりマージンコールが発生、さらなる投げ売りを誘うというスパイラルが起きた。

 米調査会社ヘッジファンド・リサーチ社によると、世界のヘッジファンド業界の運用成績を示す総合指数は08年1―3月期に2.77%下落し04年4―6月期以来のマイナスとなった。同社によると同1―3月期に閉鎖されたヘッジファンドの数は世界全体で170と、前年同期の138から急増した。

 「伝統的なアセット・クラスで簡単にリターンを出せないなか、投資家のオルタナティブ投資の需要はある。ただし、リスクに対してディフェンシブな動きが広がっており、従来に比べてパフォーマンスが出しにくい環境」であり、「小規模のファンドも育ち難く、ヘッジファンド業界では寡占的な傾向が出てきている」と、GCIアセット・マネジメントの末永氏は言う。

 <フェイクマネーの縮小>

 レバレッジが生み出したフェイクマネーの勢いに乗ってビジネスを拡大したのは、ヘッジファンドだけではない。投資銀行も自ら傘下にヘッジファンドを保有し、住宅ローン証券化商品に活発に投資してきた。

 レバレッジによる信用膨張はレポ取引などの借入れを通じたもののほか、証券化商品の劣後部分(エクイティ等)への投資や、デリバティブ取引という形態もとる。

 「(借入れを通じた)レバレッジ比率が縮小しても、モーゲージ証券に投資すれば、それ自体がレバレッジをかけた取引と同じ効果およびリスクを生むという認識は、リスク管理の観点からも重要だ」と日本銀行・金融機構局・企画役の菱川功氏は指摘する。

 証券化商品への投資は、それ自体がマクロ的にみたレバレッジが拡大するわけではないが、優先劣後構造(トランチング)が設けられることにより、劣後部分への投資のレバレッジは高くなり、優先部分への投資のレバレッジは低くなる。

 また「証券化商品への投資意欲が旺盛であると、同商品の組成が容易になり、裏づけ資産であるローン等の残高増加、ひいてはマクロ的なレバレッジの拡大を容易にする側面がある」と菱川氏は指摘する。

 こうした証券化商品に対する投資家の構成は、最大の証券化市場である米国では、ヘッジファンドが3割程度、金融機関が3割程度となっている。他方、欧州やアジア/豪州では金融機関のプレゼンスが8割程度となっている。

 米住宅価格の下落が止まらないなか、市場で買い手が付かず、時価開示が困難な住宅ローン担保証券など「レベル3」とよばれる資産を保有する世界の金融機関は、2007年以降4000億ドル(約42.4兆円)の評価損・貸倒損失を計上し、3000億ドル(約32兆円)規模の増資をしている。

 フェイクマネー縮小に伴う追加損失の計上は今後も続きそうだ。

 ゴールドマン・サックスなど米大手投資銀行4社は、2月末(一部は3月末)時点で、レベル3資産を合計2994億ドル保有する。保有額は3カ月で28%増えた。こうした資産は今後も値下がりリスクが見込まれ、各社は信用収縮に伴う追加損失の計上を迫られる可能性がある。損失がどこまで拡大するのか、終わりが見えないのが現状だ。

 (ロイター日本語ニュース 森佳子 編集 橋本浩)

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