米国、日本、インドといったエネルギーを求める国々は最近、不思議な形の天然ガスであるメタンハイドレートに大きく注目している。メタンハイドレートは世界中の海で発見されており、海底の地下で、氷のような構造にガスが閉じ込められている。北極圏の永久凍土の下でも見つかっている。
『Nature』誌の5月29日号に掲載された論文[Nature Vol 453,29 May 2008,doi:10.1038/nature06961]によると、6億3500年前にクラスレート[結晶格子によって作られた空間のなかに分子が取り込まれた化合物]の一種であるメタンハイドレートが融解し、急激な地球温暖化を引き起こした可能性があるという。今後同じことが繰り返されるかもしれないと論文は示唆しているが、そのメタンハイドレートは魅惑的なエネルギー源でもあるのだ。
米エネルギー省メタンハイドレート研究開発プログラムの中心になっている研究者のRay Boswell氏は、「われわれが求められているのは、将来、これを政策立案者の現実的な選択肢にすることと、何が利用できるかを明らかにすることだ。いざ必要となったとき、科学技術の面であと30年かかるという状況は避けたい」と言う。
米内務省鉱物管理局によると、メキシコ湾の砂岩貯留層には、185兆立方メートルを超えるメタンハイドレートが埋蔵されているとみられ、現時点で商業利用の最有力候補だという。もし5%でも開発できれば、8兆5000億立方メートル以上のガスがもたらされる。米国には現在、在来型の天然ガスが推定で約6兆立方メートル埋蔵されている。[別の英文記事によると、世界全体のメタンハイドレード埋蔵量は原油埋蔵量の2倍とも推定されている。]
メタンハイドレートは研究者の間で、「燃える氷」というロマンチックな名前で呼ばれている。凍った塊なのに火をつけると炎を上げるからだ。[メタンハイドレートでは、低温かつ高圧の条件下で、水分子が立体の網状構造を作り、内部の隙間にメタン分子が入り込んで氷状の結晶になっている。]
しかし、エネルギー企業がこの燃料に引き寄せられるのは、ロマンチックな気分からではない。メタンハイドレートはこれまで、商業用に採取するにはコストがかかりすぎていた。しかし、原油価格が1バレル[約160リットル]130ドルを超えるまでに上昇している現在、メタンハイドレートが利益を生むエネルギー源として急浮上する可能性も出てきた。
米Chevron社はメキシコ湾での研究に参加しており、英BP社はアラスカでメタンハイドレートを調査している。日本の技術者チームは2007〜2008年の冬、カナダのノースウェスト準州の試掘井からメタンハイドレートを取り出すことに成功したと伝えられている。
「大量に存在することは誰もが知っている」とBoswell氏は言う。「われわれの目標は影響を理解することだ。エネルギー源として可能性はあるか。もしあるなら、どうやって手に入れるか。気候の問題との折り合いはどうつけるか、といったことだ」
厄介なのは、最後に挙げた問題だ。メタンハイドレートが21世紀のエネルギー源として重要な役割を果たせるかどうかについて検討する研究者もいる一方で、メタンハイドレートは過去に起きた壊滅的な気候大変動の元凶だったのかもしれず、もしかしたら同じことが繰り返されるのではないかと問いかける研究者もいる。
こうした厄介な問題を浮かび上がらせたのは、研究者たちもいまだに解明できずにいる先史時代の気候の大変動だ。
最後に起きた急激な気候変動は、約5500万年前、始新世の温暖化だ。極地から氷が消え、南極大陸に木が生えた。研究者たちは化石の分析から、当時の大気に多量のメタンが含まれていたと断定している。
古気候研究者の中には、次のような仮説を立てる人もいる。徐々に進行していた温暖化の影響で、約5500万年前に海水温が転換点に達し、凍結していたメタンハイドレートが融解した。閉じ込められていたガスは、長くとてつもなく大きなげっぷのように、海面にぶくぶくわき上がった。メタンの温室効果は二酸化炭素よりはるかに強力[二酸化炭素に比べて20〜25倍とされる]なため、大気中に大量に放出されたとしたら、気温の急上昇を引き起こした可能性がある。[今回のNature論文は6億3500年前の気象変動を扱っている。また、約2億5000万年前の大量絶滅であるP-T境界に関しても、非常に大規模な火山活動→海底のメタンハイドレードの大量放出が原因という説がある。]
科学読み物の本などには、こういった仮説を基に、人間がもたらした現在の地球温暖化も、壊滅的なメタンの放出を引き起こすかもしれないという推測が書かれている。ただし、科学者の間では、メタンはもっと長期的な問題になる可能性が高いという考え方が主流だ。
シカゴ大学地球科学部のDavid Archer教授は、高い評価を受けている気候に関するブログで、メタンは「炭素循環の伏したトラ」と表現している。
「予測では、(二酸化炭素の)濃度が倍になると、いずれ深海の温度が3度ばかり変化する可能性がある」と、Archer教授は『Wired.com』に語った。「3度上がると、海にあるメタンはやがて、すべて放出されるだろう。問題はその速度だ」
Archer教授が最近行なった、モデリングによる一連の実験の結果からすると、海から放たれたメタンは数千年かけて地球温暖化を加速させる恐れがあるという。ただし、われわれが生きている間はそれほど心配する必要はない、とArcher教授は言う。今世紀中に関しては、北極圏の永久凍土が融け、比較的小規模なメタンハイドレートの放出が起きる可能性は高い。「それでも、火山が噴火する程度の問題だ。この世の終わりが来るわけではない」
しかし、Nature誌に今回掲載された論文の主執筆者である、カリフォルニア大学リバーサイド校地球科学部のMartin Kennedy准教授は、メタンハイドレートの放出を「破滅に向かう気候のシナリオ」であると明確に述べ、世界の気候にメタンが及ぼす影響をさらに研究する必要性を訴えている。[同氏は、これまでの説と比べて、はるかに急激な変動が起こり、今世紀内に気候大変動が生じる可能性があると結論づけている(英文記事)。]
米国では、メタンハイドレートの危険性についても利点についても、あまり研究が進んでいない。一方、素早い動きを見せている国もある。
日本、韓国、中国、インドはいずれも、メタンハイドレートを採算の合うエネルギー源にするという決意を示している。インドは2006年に3500万ドルを投じ、自国沿岸にメタンハイドレートが埋蔵されていないかについて調査した。韓国は現在、ほとんどの発電所を輸入した天然ガスで稼働させているが、2015年までにメタンハイドレートの商業利用を開始すると宣言した。
世界はゴールドラッシュ、石油ブームに続くものを見つけたのかもしれない。今度はメタン・バブルだ。
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